製造業をはじめとして、中小企業にもカーボンニュートラルの取組を求める圧が広がっています。中小企業経営として、この状況をどう捉え、対応するのが良いかを考えます。

カーボンニュートラルとは

人為的な温室効果ガス(GHG)の大気への排出を実質的にゼロにする取組全般を指します。

化石燃料の使用に伴う二酸化炭素(CO2)をはじめとする人為的なGHG(7種)の大気への排出により世界平均気温が上昇しています。世界が対策をしない成り行きでは21世紀末には1850~1900年の平均気温(産業革命前平均)に対して、世界平均気温が4℃以上高くなる科学的なシミュレーション結果が出ています。この気温上昇を1.5℃に押さえることが世界の合意事項(COP26:第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議以降)となっており、このためには2050年までのカーボンニュートラルが必要条件とされています。

ちなみに、カーボンニュートラルを含むGHG排出を抑制する対応を緩和策といい、地球温暖化による気候変動の影響(異常気象等)への対応は適応策と呼ばれています。

中小企業への影響

異常気象の頻度増加など気候変動の影響は顕在化しており、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の観点から適応策の必要性は高まっています。一方で、ほとんどの中小企業にとってカーボンニュートラルに取り組む「義務」(=法的根拠)はありません(※1)。ただし、「義務」がないのであって、政策としては、緩和策のための大きな経営的な環境変化を生み出そうとしています。環境変化は業種やサプライチェーンなど各企業が置かれている状況によりタイミングが異なりますが、「取引先要求への対応」、「エネルギー・原材料コストアップへの準備」、「GX製品普及政策への対応」、「海外法規制等への対応」等は、いずれ意識せざるを得ないものとなっています。

※1エネルギー多消費企業やGHG排出量の多い企業は省エネ法や温対法への対応が求められるが、現時点では、それ以外に民間企業が従うべき地球温暖化対策に関する法規制はない。

中小企業経営としての対応

主に、取引先要求への対応、エネルギー・原材料コストアップへの準備、GX製品普及政策への対応、海外法規制等への対応がポイントとなります。

取引先要求への対応

環境省の政策、取引先SBT目標の達成、グローバルサプライチェーンからの要求、そして、GX製品普及リーグの取組などを背景に、大企業からサプライヤーへのカーボンニュートラル関連の要求が増加しています。中小企業白書2024には、製造業や運輸業・郵便業では、15%以上が脱炭素に向けた協力要請を受けたとありますが、その事前段階となるアンケート等を含めた潜在的な要請はそれ以上と考えられます。実質的な強制力を持つ取引先からの要望に応えるために、カーボンニュートラルに取り組むというのが当面の状況です。多くの場合、大企業は多数のサプライヤーへ要求を出しているはずなので、先走って対応をするのではなく、相手のやり方や求めているものを理解し意識あわせをした上で具体的な対応を検討することが適切です。

エネルギー・原材料コストアップへの準備

2026年から順次カーボンプライシング政策が開始されます。カーボンプライシングとは、CO2の大気への排出量に応じてコスト負担をさせる政策です。CO2排出に対価(ペナルティ)が課せられることを意味します。直接的な対象は大企業(10万t-CO2排出/年)や化石燃料等輸入業者とされていますが、間接的には価格転嫁によりCO2排出量の多い原材料・エネルギーの使用者に幅広く影響(コスト負担)が及ぶことになります。現状は、CO2排出量を削減したGX製品等はコストアップ要因となりますが、意識的にCO2排出量の少ない原材料やエネルギーを選択するタイミングを計ることで、将来的なコストアップのリスク抑制につなげます。

GX製品普及政策への対応

CO2排出に対価(ペナルティ)が課せられることは、裏返すと、CO2排出量が少ない製品には付加価値がつけられることになります。製品単位のライフタイムCO2排出量(CFP:Carbon Footprint of Products)を算定して、その算定結果を基にしたGX製品としての価値を付与する政策が進められています。いち早い戦略的な取組は、省エネによるエネルギーコストダウンにとどまらず、製品付加価値向上へもつながる可能性を有しています。

海外法規制等への対応

欧州連合(EU)は、国境炭素調整措置(CBAM)を2023年より導入しています。CBAMとは、カーボンリーケージ(※2)を予防する政策です。現在は、特定品目について炭素排出量の報告が義務となっているのみですが、2026年からは課税対象となる品目も出てきます。また、対象品目が拡大される可能性もあります。これに応じた国内政策としてCFPの普及推進が始まっており、各種ガイドライン等が公開されています。直接的な輸出製品がなくとも、国内出荷した部品が輸出製品に組み込まれてEUへ輸出される場合には、取引先からCFP等が要求される可能性もあります。

また、EUは、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)」により、EU域内の大企業や上場企業に対し、サステナビリティに関する情報を開示することを義務付けています。気候変動に関しては、Scope1~3(※3)の開示が対象となります。EUでビジネスに関わる中小企業についても、2026年度会計から対象となることが予定されています。

※2企業が温室効果ガス排出規制の厳しい国から、規制の緩い国や地域へ生産拠点を移転し、結果的に地球全体の温室効果ガス排出量が削減されない、あるいは増える現象

※3 CO2排出起因の範囲のこと。Scope1は化石燃料の燃焼等による直接的なCO2排出、Scope2は電気・熱の利用による間接的なCO2排出、Scope3はサプライチェーン上でのCO2排出の範囲とする。

GXとDX

政策の方向性として、GXのためにDXによる見える化、デジタル技術による省エネ推進があげられています。具体的な事例において、実効的にはDXによる生産性向上が目的となっていることが多く、GXの見える化を目的としてDX化を進めると費用対効果の点では疑問が残ります。理由としては、中小企業のGXにおけるほとんどの取組においては、DXが得意とするデータ収集・分析稼働削減、リアルタイム性を必要としないからです。逆に考えれば、リアルタイムで大量のデータ収集・分析をベースとする取組に至るならば、DXを取り入れる価値が出てくるといえます。

支援において

カーボンニュートラルというと、DXによる見える化や省エネ等がフォーカスされますが、経営戦略的には、「取引先要求への対応」、「エネルギー・原材料コストアップへの準備」、「GX製品普及政策への対応」、「海外法規制等の状況と対応」のすべてがカーボンニュートラルとなります。

中小企業のこれらのリスク・機会を認識・理解し、支援先企業の環境・状況を踏まえて最適な取組を提案・支援していくことがポイントです。表面的なカーボンニュートラルを進めることで、当事者企業においては、稼働多く実り少なくとなり、むしろ拒絶感を生み出してしまうことを危惧します。また、取組の外部アピールにおいては、グリーウォッシュ等として法規制違反(国内現状では景品表示法違反の適用)となる可能性も出てきているので、十分な知見の基に支援することの認識も不可欠です。

以上(2025/6/22)