世の中の動き

気候変動(地球温暖化等)対策への動きは、世界的には1988年の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の設立や、1992年の「地球サミット」の開催から本格化しています。日本でも、1997年に「第3回気候変動枠組条約締結国際会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)」の開催及び「京都議定書」の採択で盛り上がりました。

その後、国内では京都議定書に沿った行動はありましたが、それ以上の盛り上がりはあまり見られませんでした(2015年にパリで開催のCOP21で少し盛り上がりました)。一方で、世界的な危機感は継続的に高まり、いくつものルールの制定や行動が前進したため、相対的に日本が施策や環境技術で遅れ始めていたのは否めません。この頃、経産省の力が強く、工業やエネルギー政策を優先したことが日本の遅れに影響しているかもしれません。ただ、環境省の政策会議などでは、カーボンプライシングなど次の行動への議論は進められていました(中央環境審議会地球環境部会長期低炭素ビジョン小委員会等)。

 そのような国内の流れの中で、2020年10月26日、理由はともあれ、「菅総理が成長戦略の柱として「経済と環境の好循環」を掲げ、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」と所信表明演説で発表したのは大きな出来事です。これで国内の空気は一気に変わりました。

国の動き

住宅・建築物について「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた住宅・建築物の対策」(脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会)が公表されました。具体的な施策はこれから検討されるようですが、あるべき姿(あり方)と取組の進め方は以下の通りです(HPから引用)。

2050年及び2030年に目指すべき住宅・建築物の姿(あり方)
  • 2050年:ストック平均でZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が確保され、導入が合理的な住宅・建築物において太陽光発電設備等の再生可能エネルギーの導入が一般的となること
  • 2030年:新築される住宅・建築物についてZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が確保され、新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が導入されていること
省エネ対策等の取組の進め方
  • 2025年度に住宅を含めた省エネ基準への適合義務化
  • 遅くとも2030年までに省エネ基準をZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能に引き上げ・適合義務化
  • 将来における設置義務化も選択肢の一つとしてあらゆる手段を検討し、太陽光発電設備の設置促進の取組を進める

注)「ZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能」とは再生可能エネルギーを除いた省エネ性能

大手企業の動き

これまでは、グローバル企業は海外でのブランド維持(ブランド棄損リスク対応)の観点からCSR活動としてのCO2削減を行っているのが正直なところと思われます。もちろん、化学物質については輸出規制回避、エネルギーについてはコスト削減といったビジネス的な観点もあります。純粋に気候変動対策としてCO2排出量削減だけを目的とした企業は少ないと考えられます。

 しかし、今後は、政策が動き出し、カーボンプライシング等が導入されると、CO2排出量がコストになるので、CO2排出量削減が利益拡大の目的になってくると考えられます。もちろん、併せてブランド維持の観点からSDGsに向けた行動の意味も継続します。

取引先からの要求

これら国内の動きの結果として取引先から要求される内容を、先進企業のアップル社を参考に予想してみます。まず、アップル社は以下を述べています。

「①事業全体、②製造サプライチェーン、③製品ライフサイクルのすべてを通じて、2030年までに気候への影響をネットゼロにすることを目指します[1]

ここで、①はアップル社のエネルギー消費、②は取引先等のエネルギー消費、③は製品の生産から廃棄までの環境負荷(CO2排出量)を意味すると考えられます。従って、取引先に求められるのは、②は取引先等のエネルギー消費、③は製品の生産から廃棄までの環境負荷(CO2排出量)です。

 一般的に、製品ライフサイクル(製品の生産から廃棄まで)を単純化すると「原料採掘→(運送)→生産(設計、部品生産、組立)→(運送)→使用→(運送)→廃棄」となり、サプライチェーンの中で取引先に要求されるのは、「原料採掘、生産(部品生産)、廃棄、(運送)」に係るCO2削減と予想されます。ちなみに、「生産(組立)は親会社の生産に係るエネルギー使用、「使用」は製品全体の設計となります。②は、③の生産(部品生産)にほぼ包含されます。

具体的な対応

「原料採掘、生産(部品生産)、廃棄、(運送)」が取引先に要求されるとして、具体的に出来ることを考えてみます。「(運送)」について、EVなどを利用するがありますが、通常、出荷運送は委託するでしょうから、「CO2排出量の少ない委託先を選択する」ことになります。

 「生産(部品生産)」については、事業所・工場での使用エネルギーに関して(実効的に)CO2排出量を減らすことです。これには、以下の方法が考えられます。

  • 省エネ
  • 燃料から電気への転換(電化)
  • 再生可能エネルギー利用
  • 生産プロセスにおけるフロン等温暖化ガス排出抑制
  • CO2吸収施策

現実的なところとしては、「イ)省エネ」と「ロ)電化」を進めて、電力会社の脱CO2発電を期待しつつ、一部に「ハ)再生可能エネルギー利用」として、太陽光発電設備の設置やグリーン電力購入を一部行うことが考えられます。

次に「原料採掘、廃棄」のCO2削減については、3Rの促進が一般的な対応となります。3Rとは、リデュース(使用量削減)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)のことです。生産時の歩留まり向上の他、利用材料の削減、再利用・リサイクル材料の利用、再利用・リサイクルしやすい材料・構造等の導入が考えられます。

以上を踏まえると、以下の想定をしておくことが望ましいと考えます。

生産におけるCO2削減として、

  • こまめな省エネ対策
  • 灯油やガス機器から電気製品への変更
  • (出来る範囲で)太陽光発電設備導入やグリーン電力購入

3Rの促進として、

  • 環境負荷の少ない素材の利用(自然素材、再利用・再資源化の仕組みのある素材)
  • 分離・分解しやすい構成・構造

以上を実施した際には、その行動・結果を定量的に把握・記録していくことが重要です。

その他

  • 中小企業ができることとして、「事業活動におけるエネルギー消費の削減」と「購入材料の分析」が挙げられますが、「購入材料の分析」については、取引先の親会社がもう一歩進めて、サプライチェーン全体のLCA(ライフ・サイクル・アセスメント=ライフサイクル全体の環境負荷評価)に着手するさいに要求する可能性があります。
  • 環境省が「金融機関向けポートフォリオのカーボン分析パイロットプログラム支援事業参加金融機関等募集」を開始しました。対話・エンゲージメントを通じて脱炭素に向けた企業行動の変革を促進する金融機関の取組を支援するためですが、その内容として、投融資先の温暖化ガスの排出量を測定等があり、中小企業の脱炭素行動に資するものが多く含まれそうです。

以上

(2021/8/14 その他に中小企業向け評価手法に関わる情報を追加)


[1] https://www.apple.com/jp/newsroom/2020/07/apple-commits-to-be-100-percent-carbon-neutral-for-its-supply-chain-and-products-by-2030/