はじめに

技術経営(MOT)の解説書は多く出ています。ただ、出版当時は成功例として解説されていた技術系企業が、その後、うまく行かなくなってしまったりすることも珍しくことではなく、学問的に一般化された体系は確立されていないように感じています。

実際、自分が研究所の企画担当やチームリーダーをしていた際も、経営学的な一般論で継続的に研究開発から商品化・ビジネス展開までがうまくいっていると感じたことはありませんでした。その時々で、必要に応じた対応をせざるを得なかったように記憶しています。

一方で、技術者や研究者は概ね経済学・経営学・マーケティングなどの知識に疎く、また、技術を商品にする際に知っておくべき基本的な知識が不足していることは確かと思います。自分の経験を振り返っても、研究者といえども若いときから、技術を商品にするための基本的にな知識を理解していれば、「必要に応じた対応」にも、より適切な取り組み方があったと思うこともあります。

このようなことを踏まえて、ここでは「技術経営」を系統立てて学問的に解説するのではなく、技術者・研究者が自分たちの技術を世の中に広く出して対価を得る際、すなわち、自分たちの技術をビジネスとして成立させたいときに役立つ基本的な知識を考えて、 より適切な「必要に応じた対応」のヒントになることを目指したいと考えています。

  • 研究開発者・技術者が新規事業の経営における「技術」をどのように考えるかのヒントを提供したい
  • 新規事業とは、スピンアウトベンチャーでもよいし、企業内の新規事業でもよい
  • 最終的にはスモールビジネスにおける技術経営の考え方につなげたい
  • 一般的な基礎知識を整理した上で自分の経験や考えを踏まえて解説する
  • 技術系中小企業やベンチャーが走りながら何をすればいいのかの参考にもなればよい
  • 大学発・高専発の技術系創業や中小企業の産学連携についても考えていきたい
  • 規模の大きな技術系企業の経営者に向けたものではない

企業経営の全体イメージ

まず、企業経営の全体イメージを共有するところから始めます。

下図は、私の頭の中にあるイメージです。左半分(縦方向に「経営理念」~「運用管理」)が、一般的な企業経営に関する階層構造を示しています。組織構造の階層(一番左の下向きの矢印)とも概ね対応するところです。なお、黄色文字は各階層の目的に相当します。

企業経営の全体イメージ

この企業経営のイメージは、技術系の企業においても共通ですが、ここには技術に関する項目は明示されません。技術に関する戦略等は、各階層に散りばめられていることになります。

しかしながら、後述する「技術の難しさ」に由来する3つの不確実性が存在し、その不確実性に対応するためには「技術」の切り口で考えた経営戦略が必要と考えます。これが技術経営(MOT)を考える起点です。

ただし、技術経営は全体経営から抜き出してきた要素からなっており、その整理方法に一般化したものはないと認識しています。もちろん、電気や自動車など日本のものづくりの軸となっている産業について、分析が進んでいるのも理解しています(※1)。

本掲載では、上図の右側に示したように、技術経営を「競争力」「継続性」「イノベーション」の3項目に分類して、それぞれに関係する基礎的な知識を考えて行きます。3つの分類項目と、その下に分類した基礎的な知識項目は相互に関連していおり、また、きっちりと3項目で切り分けられるとは限りませんが、ここでは、そういう整理方法もあると理解いただきください。

  • 製造業など技術をベースにした経営において、技術に関する経営・事業戦略は、各項目に散りばめられている
  • 技術にフォーカスして(技術的観点を切り出して)経営戦略を考えてみることも必要
  • 技術経営の整理・切り口は、一口に技術と言っても産業が異なると多種多様なので、決まったものはない様子
  • ここでは、自分の経験を踏まえて「競争力」「継続性」「イノベーション」に分類し、MOT入門(自動車と電気を研究結果等)のキーワードを使って考えていく

技術の難しさ

技術経営には、下図に示した3つの不確実性があるとの考えがあります(※1 p22~)。この不確実性は、図中で丸四角で囲った中の関係性から生じます。

技術には、それを完成させるための研究開発期間が必要で、そもそも技術が想定通りに完成するとは限りません 。その上、技術の完成から商品化までにも時間が必要で、全体のビジネスの時間軸は長くなります。そして、完成した技術が市場から見て適正な付加価値をもって商品化される(付加価値創造)道筋が単純ではありません。その結果、技術開発の結果を見通すことが難しく(技術の不確実性)、顧客ニーズを掴み損なう可能性があり(顧客ニーズの不確実性)、そもそも時間経過とともに競争環境が想定から変わってしまうリスク(競争環境の不確実性)もあります。

技術の難しさ

ただ、このような不確実性があっても、技術をベースにしたビジネスが成立すれば(技術を商品につなげることができれば※2)、多くの場合は競争優位性を得ることができます。従って、技術を商品に至らせる成功率を高めるために技術経営を考えることが必要と考えます。

  • 技術経営には、技術のもつ特性に由来する3つの不確実性がある
  • 技術には、「技術開発の時間軸が長い」「商品への付加価値創造が複雑」といった特性がある

参考

※1:MOT[技術経営]入門 延岡健太郎著、等
※2:商品=顧客の求める製品等

次回に続く(2022/1/17)